8章 幼女と少女と女と老女 (2/3) ~ 馬と小さな鍵

誘導したり人ごみの中ではぐれないようにするために、今まで何度も手をつないでいる。でもなんでもないときにこうして手をつないだのは、これが初めてだった。カラスの手は普段土をいじったりしてないので、農婦の手のように荒れてはいなかった。指が長くて、すらりとしている。でも、やはり男の手なので、小指一本でもララの親指より太い。ララは自分でやっておきながら、気恥ずかしくなってしまった。

カラスはララの顔を見て少し驚いたあと、微笑んだ。農婦たちに見せてたにやけ顔より、ずっといいと思った。

「アシュラム。さっきのブス、おまえのこと見てるよ」

「知ってる」

店主は家の人に呼ばれて奥に引っこんでしまい、アシュラムは一人で座ってお茶をすすっていた。カラスに声をかけられて、一応窓の外を確認したが、興味はなさそうだった。

「手ぐらい振ってやったら?」

「いいよ、うっとうしい」

「うっとうしい!? 俺も言ってみたいね──その台詞」

そんなにうっとうしくなるほど何人も必要ないじゃない。

カラスはカウンターの上にだしてあった空の茶碗に熱いお茶を注ぎ、立ったまま一気に飲み干した。それから、ひがみっぽい口調で言った。

「あーあ、俺はこんなチンケな出会いでも大切にしてるのにねえ」

「カラスはうっとうしがられるほうだもん。無視される側だから無視できないのよねえ」

ララはカラスの口調を真似ながら補足した。

「俺だって……」

カラスは無謀な対抗意識を燃やしかけたが、急になにかよからぬことを思いついたように、ニヤッと笑った。

「そういえば、おまえ、俺に無視されたことなかったっけ?」

「そんなこと、あったっけ……?」

思い当たる節があったので、ララの表情は引きつった。

「あったよ。ほら、おまえが俺の鍵盗もうとしたことあったろ?」

「なんの鍵?」アシュラムもおもしろがって身を乗りだしてきた。

「鍵の形したただの飾りさ。俺が来たらあわててカーテンの中になんか隠れてたけど、丸見えだった。なにも盗ってないなんてしらばっくれるから、腹立って無視してたら、勝手に泣きだして白状してやんの」

カラスは優越感たっぷりに洗いざらい暴露した。

ララはその出来事の詳細を思い出したが、事実はカラスの話した内容とは少し違っていた。

 

 

うさぎのチッチを殺されるよりも少し前、カラスが魔の森にやってきて間もない頃だった。ララはそのとき、新しく増えた仲間がどんな人なのか知りたくて、カラスのベッド脇の引き出しの中を無断でのぞき見していた。

弟子たちの物はみんなの物だったので、他人の物を勝手にいじっても、悪いことをしているという意識はなかった。現に、今までそうしていてもだれからもしかられなかったし、ララも自分の物が勝手に使われていてもなんとも思わなかったからだ。見たい人は好きに見て構わなかったし、物なんて年中使うものではないんだから、本当にそれが必要な人のために、いつでも自由に使えるようにしておくべきなのだ。でもカラスはそういう考え方のできない、とてもケチな人間なのである。きっと自分の持ち物をいじられたら怒ると予想はついていたので、悪いことはしていなくても、こっそりやることにした。

カラスが川へ洗濯しに行っているときをねらい、ほかの弟子たちの目を盗んで、だれもいない寝室に忍びこんだ。見つかったら、あの傷のある恐ろしげな顔で、怒鳴られるに違いない。想像しただけで震えあがってしまいそうだったけれど、やっぱり好奇心には勝てなかった。
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