8章 幼女と少女と女と老女 (2/3) ~ 馬と小さな鍵

いまだかつて引き出しを開ける動作が、こんなにスリリングだったことなんてあっただろうか?

中に入っていたのは、ナイフ、方位磁石、タバコ三本、マッチ、ロウソク、ロープ、水筒、糸と縫い針、歯ブラシとようじ、くし、せっけん、カミソリ、爪切り、小銭の入った財布、替えのシャツとズボンと下着が一枚ずつ、それに街道と宿場が書かれた地図と、これまで行った場所の通行手形や船や芝居の券などを束ねた分厚い紙束──それがカラスの全財産だった。最初はほかにも呪術に使う道具を持っていたようだが、それはカラスが寝ているうちに、おばあちゃんが焼き払ってしまったので今はない。

地図と紙束をベッドの上に広げ、一枚一枚内容を見ていくと、そこにはララの知らない地名がたくさん書かれていた。カルバラ行きと書かれた砂まみれの乗船券、文字のにじんだザラセン公共浴場の入場券、ひからびた四つ葉のクローバー、意味不明の落書き、様々なお芝居の演目が書かれたどこかの劇場の入場券が十一枚──字体が同じなのですべて同じ劇場のもののようだ。ほかには、なにかのくじ引きの券や、謎の血痕がついたトランプ……。全部挙げたらキリがない。どれも遠い異国の地から運ばれてきたものなのかと思うと、胸が熱くなった。それぞれの紙切れにどんな思い出があるのか、勝手にいろいろ想像を膨らましてしまう。手書きの地図には一点だけ×印がつけられている。一体どこにむかうつもりだったんだろう?

興味津々で漁っているうちに、紙束の中に一枚だけ、バースデーカードが入っているのを見つけた。スミレの押し花のついた厚紙に、緑色のインクで、こう書かれている。

 

『 親愛なるスカー

二十一歳の誕生日おめでとう!

 

ジゴロ、ありんこ、腹巻き、スタッカート   より 』

 

たぶんスカーというのは顔に傷があるからつけられたカラスのあだ名なんだろう。差出人の名前も本名ではなさそうだ。裏面には去年の日付けが書いてあり、それで初めてカラスの歳を知った。二十八、九ぐらいかと思っていたから、意外と若いのに驚いた。

カードにはなぜか一度まっ二つに破いて、またつなぎ直したあとがあった。なんでこんなことをしたんだろう? たまたま破れてしまったのか? それともわざと破いたのか?

そのとき、家の中から物音が聞こえたような気がして、全身に緊張が走った。耳を澄ましてみるが、人が近づいてくるような気配はない。家の外からはセトたちが遊んでいる声が聞こえてくる。空耳だったようだ。

ララはまた引き出しに戻って、ほかになにかおもしろいものがないか探した。シャツを取り出して、顔を埋めて匂いを嗅いでみる。

洗ってあったけれど、一緒にしまってあったタバコの葉の匂いと体臭がほんのり染みついていた。カラスを看病をしていたときに嗅いだのと同じ匂いだ。燻煙と、モミの葉と、夏の嵐の前に吹く湿った風みたいな匂い。嗅いでいると、こそばゆいような、ふわふわした気持ちになってくる。なんとなく、しっかり背筋をのばして立っていられず、シャツに顔に押し当てたまま、ベッドに身を投げ出した。

そうして少しのあいだ、毛布にくるまって、不可解な胸の高鳴りを持てあましていると、足音がこちらに近づいてきた。心臓が飛びあがりそうになった。持っていたシャツを慌てて引き出しの中に突っこみ、よせてあった紙切れも束ねないまま押しこんだ。引き出しを閉めていざ逃げようとしたとき、足もとに鍵が落ちているのに気づいた。さっきはなかったので、たぶんシャツのポケットから落ちたのかもしれない。もう一度引き出しを開けて戻している余裕はない。

ララは鍵を持ったまま、窓辺のカーテンの中に隠れた。それとほぼ同時に、寝室にだれか入ってきた。ぎりぎり間にあった。

「そこにいるのはだれだ?」
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