10章 刃 (1/2) ~ 刀の稽古

木の枝からアシュラムがぶら下がっていた。太めの枝に両足をかけ、コウモリのように逆さ吊りになって腕を組んでいる。しかも上半身裸だ。浅黒い肌は暗闇の中では保護色になるらしく、二三歩離れた距離なのに、全然気配を感じなかった。

「おどかすなよ!」

カラスは四つん這いの姿勢から、座り直して言った。

「全然気づいてないから声をかけるタイミングがつかめなくて」

アシュラムはそう言いながらも笑っている。この野郎、さっきからいたのに、わざとすぐに声をかけないでいたのだ。

「なにしてるんだ? それ」

「鍛錬だよ。毎日やらないと体が鈍る」

「それって、宙吊りに耐える練習?」

カラスがそう言うと、アシュラムは腕を組んだまま体を折り曲げた。

「こうすると、足と腹筋が鍛えられる。やってみる?」

「俺がやったら頭に血が昇って死んじゃうよ」

こんなこと毎日やってるのか。

服を着ているときは細身に見えたが、アシュラムは鍛えているだけあって、全身筋肉のような体をしていた。もともとの骨格が華奢なのか、剛腕というより、身軽ですばしっこそうな感じだ。くっきりと陰影のついた浅黒い肌の上を、汗がさかさまに流れていく。

アシュラムはもう一度同じ動きを繰り返して言った。

「今日は私のせいで泊まれなくなってしまって悪かったな」

「悪いのはババアのほうだ。そんな風に考える発想がわかんねえよ」

思い出しただけで腹が立つ。あのときつかみかかったのは、アシュラムに同情したからではなく、ただ単に宿屋の態度が気に食わなかったからだ。

「言いたい奴には言わせておけばいいんだ。いちいち相手にしてても疲れるだけさ」

カラスは解せないなと思いながら、雑貨屋で買ったタバコを取り出して、マッチで火をつけた。アシュラムにもすすめると、「タバコは吸わない」と言って断られてしまった。

コウモリ男は手を使わずに、宙返りで着地した。それからなんの断わりもなくズボンを脱ぎだして、全裸で水浴びをはじめた。

「普通他人が見てる前でいきなり素っ裸になって水浴びするか?」

カラスが面喰らってそう言うと、アシュラムは一度水中に潜って顔を出し、

「迷惑?」と聞いてきた。

「別にいいけど……」

アシュラムはナルシストのように、自分の体を点検していた。よほど自信があって見せびらかしたいのか、冗談抜きに男好きで誘ってるのか、単に羞恥心がないだけなのか、水からあがるときもなにも隠さないでザバザバ出てきたので、カラスのほうが目をそらしてしまった。そういえば、マヌ教には沐浴の習慣があるし、街でも腰巻き一丁の奴がいた。こういうのって、文化の違いなのか?

「おまえ変わってるって言われない?」

「言われないよ。おまえはよく言われるだろ?」

「言われる」それも、しょっちゅう。「……なんでなんだ?」

カラスが真剣に考えこんでいるのを見て、アシュラムはからかうように言った。

「それがわからなければ、一生言われつづけるな」
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