10章 刃 (1/2) ~ 刀の稽古

「綺麗だったけど、海峡の北でも南でも冬のチタニアなんて最悪だよ。暖炉で暖まった部屋から一歩踏み出しただけで、鼻水が凍るほど寒いんだ。空気が冷たいっていうより、痛い。生き物は雪の下に埋もれて死んだように静かだ。そうじゃないときは北風が狂ったように吹き荒んでる。

それに、オーロラってのは綺麗なだけじゃなくて、不吉なんだよ。チタニアでは、『死者の光』って言われてる。空が光るのは、地上を見下ろしながらさまよってる魂が光るからなんだ。だから立ってるだけで凍死しそうな、この世とあの世の境みたいな場所に出るのさ。凍え死ぬ寸前になると、そこから悪霊が降りてきて、どんな人間でも必ず気が狂う。たまに凍死体が見つかると、暑くて仕方がなかったみたいに服を脱いで裸で死んでることがあるんだ。

暗闇と氷の地獄さ。三日もいれば帰りたくなる」

最初から最後まで、うんざりした口調だった。

「そうか」

アシュラムが少し夢を壊されたような様子だったので、カラスはつけ足した。

「チタニアは夏がいい。太陽が出て春になると、冬のあいだ死んでたみたいだった草が、また雪の下から芽吹いてきて、雪解け水で小川ができる。白い丘が一斉に緑に染まって、空気の匂いが変わっていくのがわかる。冬は夜が長くなる分、夏は昼が長くなる。暖かくてもヴァータナみたいに蒸し暑くはならない。その頃にはそこらじゅう花畑ができるよ。チタニア中の花という花がこの時期に咲くんだから、すごい眺めさ。絵に描かれた天国みたいだ。鳥のさえずりを聞きながら、甘い香りのする花のベッドで昼寝するのは最高さ」

話しながら、至福のひとときを思い浮かべた。

「詩人だな。話を聞いてたら、夏のチタニアも見てみたくなった。きっとチタニアを知るには丸一年いたほうがいいんだろうな。長い冬があるから、短い夏を素晴らしく感じられる。来年の夏はチタニアに帰るの?」

「来年の予定まで考えてない。行きたくなったら行く。死んでなければね」

「不吉なこと言うな。生きてるよ。どこにだって行けるさ」

アシュラムはカラスのほうをむいて微笑した。

それを見て、カラスはまた目をそらしてしまった。こうしてアシュラムから好意的な態度を取られるたびに、内心うしろめたさを感じていたのだ。小屋で礼を言われたときもそうだった。ヴァータナから逃げだしたときからずっと、心の奥に引っかかっていたことがある。

「ヴァータナから逃げだすときに……」

ためらいがちに口を開いた。言う必要はないような気がしたが、なんとなくその場の空気が、言いたい気分にさせていた。

「俺、早く逃げだしたくてさ、おまえの仲間にアシュラムはどうしたって聞かれたとき、『死んだ』って答えたんだ」

それから罵られるよりも先に、自嘲的につぶやいた。

「ひでぇよな。助けてもらっておいて……」

やっぱり俺って根性腐ってんのかな? と思った。

リチェから、『自分の魂が芯から腐りきってないと証明しろ』と言われたが、魔の森にいるあいだ、結局なにもしなかった。でも忘れたわけじゃない。リチェが死んでから、どうしたらいいか、ずっと考えてた。思いつく一番手っ取り早い方法は、とりえず任されたことをやることだ。ララと接しているときは、できるだけ善い人間でいるよう心掛けてきた。旅しているあいだに、そうすることにも慣れてきて、自分では少し変わったような気でいた。でも実際は、本質的なところはなにも変わっていないのかもしれない。

アシュラムはそんな話を聞かされても怒らなかった。軽蔑してるのか、とも思ったが、そんな風にも見えない。当然のように、こう答えた。

「だれにでも恐怖に駆られるときはある」

そんな言葉とは裏腹に、アシュラムは恐怖に駆られて逃げだしたことなんて、一度もなさそうに見えた。強い意志を感じさせる眼差しが、まっすぐこちらにむけられている。

「でも、そのあと危険な森から俺を助けだしてくれただろう?」

そんなに胸を張って言えるようなことじゃない。森の中は別に危険ではなかった。運ぶのには苦労したが、追っ手がいなくなって安全なことはわかっていた。

「てっきり嫌われてるのかと思ってた。目が覚めたとき、浮かない顔してたから」

「嫌う理由はねえよ。……俺のほうこそ、ありがとうな」

それを聞いて、安心したようにアシュラムは笑っている。でも目線はもうこちらではなく、湖面のほうにむけられていた。
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