13章 再会 (3/4) ~ 古傷

そこでようやくティミトラは足を止めて、相手のほうを見た。

「話があるのは、私じゃなくてあなたのほうよ。ララの前だったから、まともに説明してもらってないじゃない」

カラスは近くの壁によりかかって、困り顔で頭を掻いた。──なんだか責められてるな。

目を泳がせていたら、路地裏に海のほうへむかっておりていく階段があるのが見えた。

「ちょっと、そこ座んない?」

階段の一番上の石段に腰をおろし、彼女の聞きたがっていることをかいつまんで説明した。どういういきさつでリチェの弟子になり、なんでララと旅することになったのか。そのとき、いまだに追い払えてない悪霊のことや、自分と魔の森の住人たちとの関係など個人的すぎる話や、リチェの正体など簡単に言っていいのか迷うような話は、とりあえず省いた。

そして最後に、リチェから言うように頼まれていたことをどう伝えたらいいものか迷った挙げ句、単刀直入に言った。

「先生が、君に『ごめんなさい』って言ってた。昔したことや、ララを取りあげたこと、本当に悪かったって思ってるみたいだった」

ティミトラは膝の上に組んだ腕にあごを埋め、ため息をついた。

「本当にそう思ってるなら、直接謝りに来るもんじゃない?」

「病気だったから、長旅はできなかったんだよ」

彼女は不満げな表情のまま顔をあげた。

「それは最近の話でしょう? そうなる前に、時間ならいくらでもあった。元気なうちになにもしないで、死にかけたときにだけ『ごめんなさい』なんて言われてもね……。結局、自分の罪悪感を拭い去りたいだけじゃない。今まで私のことなんて考えもしなかったくせに。そんなことにも気づかないなんて、いかにもあの人がやりそうなことね」

「考えもしなかったってことはないだろ。君が帰ってくるのを待ってたから、ベッドがそのままになってた。ララを引き取ったのだって、そのほうがララにとっても君にとってもいいって考えたからだ。恨まれてると思ってたから、会わす顔がなかったんじゃないかな? でも、先生は君のことを愛してた。愛してたけど、愛し方が下手だったんだ」

母娘のために、とことん楽観的な解釈を施した。

「弱ってるときに半年ぐらい居ただけで、嫌なところがあんまり見えてないから、そんなことが言えるのよ」

「長く居すぎて気づかないことだってあるさ。君は別に親から捨てられたわけじゃないだろ? 要らなくなったからって、犬の仔みたいに貰い子に出されて、忘れ去られたわけじゃない。出ていくときには心配して引き止めてもらえて、帰る家があって、君のことを考えてくれてる人もいた。特別だと思ってたから、大切な魔法の石をわざわざ君に託したんだろ?」

「私にあずけようとしたのは、私が母さんの弟子たちの中で一番優秀な魔法使いだからよ。単純にそれだけよ」

「なんでそう決めつけるんだよ」

ティミトラには積年の恨みがあるようだ。一向に態度を変えない。話しているうちに、かえって昔の感情がよみがえってきてしまったのか、母親に対する怒りをぶちまけはじめた。

「言っとくけど、あの人が本当に愛してるのは自分だけよ。正義や道徳を振りかざして、聖女のように振る舞う自分自身が、死ぬほど好きなの。孤児や孫や実の娘でさえ、自分の自尊心を満たすための小道具よ。そんなのに振りまわされるくらいなら、いっそ捨てられてたほうがましだったかも」

ましなもんか! 捨てられたこともないくせに! なんだかだんだん腹がたってきた。

「そう言う自分は、ララのこと振りまわしてるじゃねえか。産みっぱなしで、会いにも行かなかったんだろ?」

「全然会いに行かなかったわけじゃない。それに、マヌにいたんだから、そんなにちょくちょく会いに行けるわけないじゃない。もとはと言えば、あの女がララを取りあげてなければ、すべてが変わってたのよ。私は悪い母親だけど、良い母親にだってなれた。振りまわされてるのは私のほうよ」

「そればっかりだとは思えないね。マヌにいたのは自分の都合だろ? 魔の森に帰って母親と和解するって選択肢だってあったのに、そうしなかった。つまんねえ森にいるより、男と遊びまわってたほうが楽しいもんな? ララには気の毒だけど、仕方ないさ。母親だって女だし、家庭に収まったら追えない夢だってある」

「なにも知らないくせに、偉そうに……」

「知ってるさ。あんた町中の男とやりまくってんだろ? たまってんなら、また俺が相手してやろうか?」

ティミトラは逆上するかと思ったが、意外にも急に水を差されたかのように、冷たい表情になっていった。

「あんたはクズよ」

燃えつきたような彼女の視線が宙をさまよい、カラスの首にかかったユニコーンの角のかけらにとまった。

「なんで母さんはあんたなんか選んだんだろ」

ティミトラは立ちあがって背をむけ、もと来た方向へと歩きはじめた。

カラスも立ちあがり、そこで角のかけらをつまみあげて言った。

「このペンダント、欲しいならやるよ!」

嫌味で言ったつもりではなかったのだが、その一言が、ティミトラの神経を逆なでにした。
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